デス・オーバチュア
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クロスの視線の先、洞窟の通路一面を光の奔流が埋め尽くしていた。 「……光が弾けない?」 Dを呑み込んだ後、爆裂を起こすはずの光の奔流がいつまでも漂っている。 「魔界の鬼達を統べる三人の鬼神王の力を束ねた呪文とは……本来、人間の魔力容量では唱えられるものではないのですが……」 光の向こうからDの声が聞こえてきた。 そして、光の奔流がじょじょに縮小していく。 「下位魔族なら一撃で滅ぼせたでしょう。中位魔族までならかなりのダメージを与えられたでしょう。ですが……」 光の奔流はどこまでも縮小し、Dの掌の上に収まるサイズになった。 「……あれでも効かない……わけだ……」 「いえ、流石に今のを直撃でくらっては少しは痛いので、『掌握』して防がせてもらいました」 「……掌握?」 「というより、わたくしが掌握しなければ、爆裂した光の奔流はこの国を跡形もなく吹き飛ばしていましたよ……なんて危険な魔術を使うのですか、貴方は?」 Dは、球状で安定している光の奔流を右手で握り締めている。 「……それくらいでなきゃ、あなたには効かないでしょ?」 クロスは自嘲とも苦笑ともつかない複雑な笑みを浮かべた。 「まったく、わたくしとしては、エナジーバリアを全開にして我が身だけを守っても良かったのですよ」 「……じゃあ、なんでそうしなかったの? 魔族にとっては国の一つや二つ無くなろうと知ったことじゃないでしょう?」 「それは酷い偏見ですわ。わたくしは地上にも人間にも優しい魔族なんですよ」 「へぇ〜、そうなんだ……」 「欠片も信じていないようですわね……まあいいです。では、残り二回どうぞ」 Dは左手の光の奔流を握り潰す。 「北の支配者、美しき白の魔王よ……」 クロスは両手を交差させると呪文の詠唱を開始した。 「なるほど、やはりそういうことなのですね……」 「……魅惑の白鳥舞い降り……」 クロスは舞でも踊るように両手を動かしながら、詠唱を続ける。 「その気高き吐息をもって、全てを白く埋め尽くせ! 雪姫降臨(せっきこうりん)!」 クロスの両手から吹き出した暴風雪がDを呑み込んだ。 雪の嵐が収まった後、洞窟の入り口への通路は雪で完全に埋め尽くされていた。 「…………」 クロスは無言で雪で埋め尽くされた通路を見つめる。 『やはり、貴方の契約相手はフィノーラでしたか……魅惑の白鳥、雪姫フィノーラ……』 雪の中から漆黒の手袋が飛び出した。 『フィノーラの雪はただの雪にあらず、命を奪う死の雪……かって、フィノーラは一瞬で数十万の魔族を雪の中に埋め尽くして葬り去った……敵味方の見境無く……』 雪の壁が消し飛び、Dが姿を現す。 「おしかったですわね、フィノーラ自身の雪ならともかく、所詮は借り物の力、オリジナルの十分の一にも満たない……それではわたくしを倒すのには少し……足り?」 「東の支配者、厳格なる黒の魔王よ! 偉大なる剣王よ!」 「なっ!?」 Dの顔に初めて動揺が浮かんだ。 「極限のその剣技……絶対なるその剣……今、一時我に貸し与えたまえっ! 魔極黒絶剣(まごくこくぜつけん)!」 クロスの両手に異常に巨大な漆黒の剣が出現する。 「……ゼノン!?」 Dは後方に跳ぶと同時に、エナジーバリアを展開した。 「逃がさないっ!」 クロスはDを追って前方に跳ぶ。 クロスは剣をDに向けて全力で突き出した。 剣先がエナジーバリアに接触する。 「貫けぇぇっ!」 クロスの全ての力と全体重を乗せた黒き剣はエナジーバリアごとDを串刺しにした。 「……人間の魔力容量を超えた呪文を三連続で唱えた……それはたいした問題ではありません……真の問題は……」 雪姫降臨の名残雪の上にクロスはうつ伏せに倒れ、Dは胴体に巨大な黒き剣を突き刺したまま大の字に仰向けに倒れていた。 人でないことの証のように、黒い血がDの周りの雪を黒く染めている。 「フィノーラばかりか……あの剣王ゼノンまで彼女を認め契約したということ……一人の人間が二人もの魔王と契約できたという地上の……いえ、魔界始まって以来初めての……」 魔族の地上への出入りが激しかった時代、一人の魔王と契約できた魔導師や魔術師は確かに存在した。 それは数えられる程度の僅かな数、天才、人間を超えた者。 だが、複数の魔王と契約できた者などただの一人も存在しなかった。 一人一人の魔王の力や存在の強大さゆえか、魔王同士の不仲さゆえか、単純にそれぞれの魔王の好み(気に入った者としか契約しない)の差の激しさゆえか……それは誰にもわからない。 「それにしても、よりよってフィノーラとゼノンとは……わたくしの運の悪さも最悪ですわね……残りの二人だったら問題なかったものを……」 フィノーラの雪にエナジーを大量に吸われたせいで、弱めの強度だったエナジーバリアを、もっとも物質的な破壊力の強いゼノンの剣で貫かれた。 もし、クロスが呪文を使う順番が逆だったら、ゼノンの剣を防ぐだけのエナジーバリアを作れたし、フィノーラの雪も少しばかりエナジーを吸われるだけで済んだだろう。 「……そう、思いませんか、ルーファス様?」 Dは口元に微笑を浮かべると、虚空に話しかけた。 「大丈夫ですよ、フィノーラの力はすでに消えています……ここに残っているのはただの雪です……」 Dの声に答えるものはない。 「……用心深いですわね……では……」 Dは突然立ち上がると、胴から剣を勢いよく抜きさり、地面に突き刺した。 次の瞬間、地面を埋めていた雪と黒き剣が跡形もなく消滅する。 「……これで宜しいですか?」 Dは誰も居ない空間に微笑みかけた。 「勘違いするなよ、D。俺はフィノーラやゼノンが怖いんじゃない、見つかると面倒臭いから避けてるだけだ」 Dの見つめていた空間にルーファスが姿を現す。 「無論、心得ていますわ、わたくしの御主人様」 Dはわざとらしいまでに深々と頭を下げた。 「ふん、ただ単に魔力が綺麗に空っぽになって気絶しているだけか」 ルーファスはクロスを一瞥すると呆れたようにそう言った。 「精神力も消耗しきっていますわね……当然というより、なぜ、あれだけの呪文を三連続で唱えるだけの魔力や精神力が人間にあるのかわたくしには不思議ですが……」 「こいつはな、魔力の総容量が普通の魔術師の三倍以上あるんだよ。その上、一般的な魔術師と違って、不自然なまでに健全な肉体と精神をしてやがる」 「はあ……要するに変わった方なのですね……?」 Dはクロスを珍品でも見るような目で見つめる。 「変わったで済めばいいがな……こいつ、セピアから帰ってきてからの三日間で三人の魔王と契約しやがった」 「なっ!?」 Dの顔に本日二度目の動揺、いや、驚愕が浮かんだ。 「二人でも信じがたいのに三人ですか……どちらと、聖魔王?」 「吸血王の方だ。流石に聖魔王のクソガキとは、後一日あったとしても契約できなかっただろうな」 「あの方は女性嫌いですしね……そういえば、よくよく考えると、このクロスティーナという魔術師、お三方全員の好みを全て有しているのかもしれませんね」 「ああ、こいつの馬鹿というか、単純なところが気に入ったんだろうよ。媚びないところ……恐れ知らずなところが面白いってのは解らなくもない」 ルーファスはフンと面白くもなさそうに鼻を鳴らす。 「……ルーファス様も気に入られているのですね」 「あん? 何言ってるんだ。俺はこいつが嫌いだよ、邪魔臭くて」 「いいえ、本当に邪魔とお思いなら、とっくに消されているはずです、ルーファス様なら」 「う、それはだな、タナトスの妹だから仕方なくだな……」 言い訳をするルーファスを見て、Dはクスクスと上品に笑った。 「ちっ……これだからお前は嫌なんだよ」 「長いつきあいですので、お互いに嘘が通じないのは仕方ないことかと」 「ふん……」 ルーファスはすねたように、誤魔化すように、Dから視線をそらした。 「ですが、こちらの魔術師は所詮『気に入った』程度に過ぎない……それならばわたくしは構いません」 穏やかだったDの雰囲気が急激に冷たく変化する。 「…………」 ルーファスは無言で、氷の瞳をDに向けた。 「問題は死神の方……どこまでが演技で、どこからが真実なのですか?」 「……さあな、何にしろ、お前には関係ないことだ」 ルーファスは冷徹に言い放つ。 「…………」 「今回のことは見逃してやる。お前が本気でタナトスやクロスを殺す気だったら、最初の一撃で二人とも死んでただろうしな」 あの時、天井に叩きつけるなんて生ぬるいことをせず、跡形もなく消し去ることも容易かったのだ。 Dにはそれだけの力があることをルーファスは誰よりも良く知っている。 「だが、次はない。タナトスに手を出せばどうなるか、解るな、お前なら?」 「……今のわたくしは貴方様の命令に従う必要はないはず……ですわ」 「ああ、その通りだ。俺はとっくの昔にお前を捨てた、お前はもう俺の使い魔じゃない。だから、命令ではなく、逆らうのなら力ずくで従わせる……前にもそう言わなかったか?」 そう言うルーファスの氷の瞳はどこまでも冷たかった。 「…………」 「じゃあな、俺はタナトスが気になるんでもう行くぞ」 ルーファスは無防備にDに背中を見せると、洞窟の奥へと歩き出す。 「……わたくしは、この世で誰よりも貴方様を愛し、同時に憎んでいます……それゆえに、絶対に許せぬことがあるということを……お忘れなく……」 Dは冷徹なる主人の背中にそう告げると、洞窟から姿を消した。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |